2009年7月2日
「人間の港」第27号より
リスクを超えて歩くことが人生
2009年4月前半、プロスキーヤー・登山家の三浦豪太氏をリーダーとするネパール・エベレスト街道のトッレキングツアーに、友人の竹岡誠治氏とともに参加、世界の最高峰エベレスト(8848m)を望見するシャンボチェの丘に建つ標高3880mのホテル・エベレストビューまでの道のりを歩いた。
三浦豪太氏は、祖父・敬三氏、父・雄一郎氏と、三代にわたるスキーと山のスペシャリストの家に生まれ、二度の冬季オリンピック(リレハンメルと長野)のモーグル競技出場、エベレスト登頂などの経歴を持ち、現在、競技解説、低酸素下での訓練法の開発など、幅広く活躍している。
また、滞在したホテル・エベレストビューは、ネパール発展のためにはヒマラヤの観光開発が不可欠と、1960年代からその生涯を捧げている日本人、宮原巍(たかし)氏が1972年に設立した施設である。
4月5日(日)、小型双発機(ツイン・オッター)で、カトマンズから標高2840mのルクラに飛び、シャクナゲ、桃、そして桜と、花盛りのクーンブ渓谷に沿って要所を絵に収めながら、パクディン、ナムチェ経由、三日間のトレッキグののち、シャンボチェに到着。7日(火)の午後から11日(金)の朝までの足掛け五日間、エベレストをはじめ、ヒマラヤの絵の制作を行なった。その間、9日(木)には雪が降り一面の銀世界に変わるなど、天気はめまぐるしい変化を見せた。また、11日(土)、ヘリコプターでカトマンズに降りて、ホテル・エベレストビューのオーナー・宮原氏とお会いし、感謝を申し上げることができた。
ここでは、滞在中の4月8日(水)の夕刻、シャンボチェのエベレストを望む丘で、三浦豪太氏と行なった思い出深い対話を紹介する。
1.生きがいが人生
田渕 ここは、変化が激しくて、また、高度障害もあってか、なかなか絵を描く眼にならなくて困っています。
三浦 僕も朝、色鉛筆で、自己流ですが、山を描いてみています。言われるとおり、刻々と変化しますね。
田渕 知らない人は、山だから動かないと思うでしょうが、一瞬にして変わりますね。
三浦 僕はその変化の中に、龍とか鳳凰とか、精霊の存在を感じています。それは、雲の形で、強烈な形で現れます。それらを絵にするには、やっぱり、「やる」という意思がないとできませんね。
田渕 お父様の本で読みましたが、「エベレストに登るという点については、全然疑っていなかった」という、その信念です。
本当の絵を、今は誰もできなくなりました。また、誰もができると思わなくなりました。しかし私は、お父様が思っておられたように、「出来る」と思っています。
三浦 そうですね。僕も、自分にリスクを課すことが必要だと思っています。どんな人も、ちょっと上のところに目指すものをもたないと、何かもの足りない人生になってしまうのではないでしょうか。
田渕 花も付けずに、人生を終わりたくないですからね。
2.リスクを越えて
三浦 リスクを負う時というのは、生命の根源に関わる時です。僕の場合は、言葉ですが、そんな時は、普通の自分にはない言葉が出てきます。絵の場合も、ちょっと追い込むことがあると、いつもとは別のものが見えてくると思います。
しかし、死んではいけないということも、同時に付け加えておきたいと思います。本当に命を危険にさらすのはいけません。山は焦ってはいけないところです。こうして滞在の半分は歩きまわるのがいいと思います。半日描いたら、あとは、広い山の世界を何もせず歩くことです。頭と眼にたまった血を、歩いて体に循環させる必要があります。苦しいのを我慢して、一つの登りに全力を出し切ってしまうのはいいようですが、そうすると、次の登りは登れなくなります。時間をかけることが大事です。
それと、登りで苦しいときは、なるべく笑うことです。笑うと気持ちがいいし、それ自体が腹式呼吸です。村上和雄という人が、笑うと遺伝子によい影響が出るということを言っています。私の山での役目も、バカなことをやってでも、皆を愉快にさせることだと思っています。絵もそうでしょうが、人を幸せにすることが大事だと思っていますから。
田渕 たしかに絵に通じる話です。作家が苦しんで描いているうちは、人を幸せにできないし、よくありません。精神が解放されて、だんだん元気になっていくような境地になって、はじめて人に売っていい絵ができてきます。
3.歩くことが人生
三浦 酸素が少ない、山歩きから得る教訓は多いですね。
田渕 歩き続ければ目的地にたどり着けるということも、大事な教訓であり、大変な希望になりました。思えば教わることの多い道中でした。考えを180度変えさせられます。人の手を借り、馬にも助けられて、改めて、大勢の方々のおかげで、物事が成り立つのだと思い知らされます。何とも言えない、感謝の気持ちが出てきました。山をともにした人たちとは、本当の戦友になれると思いました。一緒に歩くことができて、良かったと思います。
三浦 歩くといろいろな発見もあります。いろんな動物もいて、ここにはオオタカ、ガゼル、孔雀、雪ヒョウもいます。もう一週間したら、このあたりもシャクナゲが咲いて、花盛りになります。最高の場所です。エベレストに向かって左側の、こちらに近い山はクンビラ(5761m)で、あれは金比羅様と同じ神様を示しています。インド世界ではカイラスの次に位の高く、誰人たりとも登頂を許されない聖山です。その右にあるのがタボチェ(6367m)、一番親しみの持てる名前の山でしょう(笑)。そして、エベレスト、その右隣に、サウスコル(7925m)。これは、世界一高い峠です。その隣りがローツェ(8414m)、さらに右、マッターホルンのような形の山はアマダブラム(6856m)、その次がカンテガ(6685m)とタムセルク(6608m)です。歩くとここからはまる一日かかりますが、右奥の、谷をはさんだ丘(テンボチェ)には、150年の歴史を持つ僧院も見えています。
後編へつづく
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