2009年7月2日
「人間の港」第27号より
4.偉大なる山
田渕 この谷の深いこと。まさに、千尋の谷ですね。震え上がります。
三浦 こんな恐いような、深さを感じさせる絵は、まだ見たことがありません。そんな絵は、可能ですか。
田渕 それは、相当一体感を得ていないと難しい。流れをとめることができるような、相手と一緒になる境地でないと。そうなったら、本物の芸術です。鈍根というか、とことん正直でないとできません。「運・鈍・根」と言いますが、根気も運も必要です。最終的には、運でしょうか。
三浦 僕は、「不運も運のうち」と、不運でこそ光るものがあると思います。いわゆる運がいい人は、意外に薄っぺらだったりします。昨年の、父との二度目のエベレスト挑戦の時、僕は高山病のため登頂を断念しなくてはなりませんでした。しばらく落ち込みましたが、今は、その不運もいい経験だったと思えるようになりました。
5.不滅のプレート
[ホテルの全貌を、エベレストを背景に見られる位置から]
三浦 このエベレストビューは、自然の地形の中に完全にとけ込んでいます。低い作りで、自然の石を配置して、そこに置かせてもらっているといった、つつましさがありますね。実は、ここの第一号の宿泊客は、私の祖父・三浦敬三です。それで、祖父が百一歳で亡くなったとき(2006年)、そのメモリアルをここに設置していただけることになり、エベレストの見えるテラスの壁に、そのプレートが付けられています[そのプレートには、スキーヤーと山岳写真家の草分けであり、しかも101歳まで現役で活躍した敬三氏の生涯が称えられていた]。
田渕 最高の場所にプレートが据えられて、幸せですね。
6.最高のアトリエ
田渕 ここは、周囲も見事です。どの木も岩も、あるべきところにある。それぞれの山の形も、自然の厳しさが作り出した形で、そうなっていること自体、法則です。無駄がない。しかし、自然は一瞬にして変化する。そこに、人為的行為が必要になります。人為的行為によって、無常が常住に変えられます。
三浦 人がとらえないと、それは伝えられないということでしょうか。
田渕 自然そのものが偉大であり、完全なるものですが、誰の眼にもそれをわからせるには、ちょうど古代人が太陽の力を表すものとしてピラミッドを建てたように、人が手を加えたものが必要だということです。
この旅の前に、エジプトに行きました。その前には、ヨーロッパやインド、中国、韓国、そして日本と、人類の遺産をほとんど確認してきました。「全てを確認した上で、では、あなたは何をするのか」が、今後、問われています。あとは、自分の仕事をするのみです。多くの人の思いを、善なる動きに向かわせるために、形として定着させたいと思います。
この地こそ私のアトリエにするべきところだと、教えていただきました。何とすごい山の形でしょう。この形こそ、「妙」です。眼の前に、法則があります。これを、雑に描いてはいけません。「まあ、いいや」じゃ、すまされません。これを写せるようになるには、まだ随分かかります。67の私の歳から3年、70までに、ほぼ基礎ができ、それからさらに時間が必要です。この下のナムチェで暮らすようにして、生活しながら制作をしないといけないでしょう。
7.新しい発見
三浦 絵に命を懸けておられますね。
田渕 やっと、始まったという感じです。形は生命であり、それ自体に、力があります。美しい生命には、美しい形があります。そこにたどり着くのが、まず大事です。その上で、その先に、人に広めなければ意味がありません。人間、いいものに触れることは、すごい財産になります。しかし、触れただけでは、やがて忘れてしまう。そこで、とどめる絵があります。ここからまた、人生のスタートです。ライフワークとして、ルクラからナムチェ、そして、さすがエベレストビューだという絵を、モネの睡蓮のように、90mの壁画にしていこうと思います。
三浦 時をとどめる絵ですね。でも、とどめた絵の中は、動いている。不思議なものです。
田渕 こだわらなければ、できます。
三浦 ヒマラヤに最初に来たのは、今から7〜8年前でした。初めてヒマラヤに入って、そのパノラマに圧倒されたことを思い出しました。その後、山を見て感動する度合いが、少し減っていました。今回、こうして一緒に動いて、山の見方が、また変わりました。新しい発見がありました。山の世界で一緒にお話しができ、本当によかったと思います。
前編へもどる
|