渡辺 節夫 1981年6月、私は故郷の岩谷に、穴窯を築き作陶を開始した。間もなく、竹岡さんがひょっこり自宅兼陶房に訪ねてこられた。私の作った作品を観られて、「品がありますね」と言われた。その言葉が深く心に残り焼き物を通して語り合える方だと、直感した。以来今日まで、親しくお付き合いさせていただいている。 2004年の夏、突然竹岡さんから電話があった。長年の夢であった中国への古窯探訪の旅へのお誘いだった。躊躇することなく快諾の返事をした。韓国、中国、インド、シルクロードへの旅は二十歳のころからの夢だったからだ。同年9月、関西空港から北京経由で鄭州に着いた。 中国陶磁は、宋の時代に最高レベルに達したと言われている。中でも汝窯の青瓷は、他の追随を許さない質と美しさを兼ね備えていると感じる。清涼寺には汝窯の窯跡があり政府の管理の下で写真も撮らせない厳しさだ。 さて、宿に着くと竹岡さんが、さっき汝窯やほかの窯跡で見てきた様々な陶片の話を始めた。私たちは青やうす緑、褐色に輝くその陶片の美しさを、いままさに手のひらにあるかのように想い出していた。感動のあまり、暫し「すばらしい」の連発で一時を過ごした宿の部屋が昨日のことのように蘇ってくる。 反面日が過ぎるごとに日本の文化と中国の文化の違いにも思索が深まった。国や時代価値観の違いを超え焼き物の美しさは語りつくせない。一日の疲れは宿での語らいが癒してくれた。心に残る陶片一つで一座建立が成立。中国の歴史書、なかでも三国志は、竹岡さんの愛読書だ。通訳、案内役の張さんもその見識の深さに驚く。中国はいたるところ歴史と焼き物の宝庫だ。 この古陶磁探訪の旅は、私たちのルーツをさがし確認する旅のように思えた。私たちの存在そのものを知ろうとする旅だったように思う。ホテルの一室で一碗のお茶を頂き、旅の終わりに竹岡さんからの激励の言葉。「いい焼き物を作ってよ せっちゃん。」竹岡さんと出会い、知己を得、知遇をうけたことは感謝に絶えない。 この旅は終わったが、まだ私たちの旅は続いている。 汝窯窯跡にて |